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4月中旬に、
「バレエと大学をどのように両立していたのか」
というご質問を頂いた。

今までも何度か同様の質問を受けたことがあったので、
『大学VSバレエ団両立奮闘記』
ということで、ここに書いてようかと思う。

長文なので、興味のない方は、
読んでもつまらないと思うので、
あしからず・・・m(__)m。

***********************

1990年4月 R大学に入学、同時にTバレエ団に入団。
(年齢がバレる・・・^^;)

バレエ団のレッスンは4月1日から開始。
大学の入学式までの約1週間、
真面目に必死にレッスン&リハーサル(見学)に参加し、
とにかくバレエ団のノリというか、
空気や流れを理解するように努める。

幸い、付属のバレエ学校出身で、
同年2月にはバレエ学校の生徒数名が、
「眠り」の舞台に立つチャンスを与えられ
公演にも参加した事もあったため、
先生方や先輩達とも多少面識があり、
皆、大学とバレエ団との両立を、
かたち的には応援してくれた。

「全面的に応援」とならないのは当たり前で、
前例もない、私の実力も性格もよくわからない、
という状況の中、「この子がどのようにやるつもりなのか、
とりあえず見てみよう」というくらいの感覚で
バレエ団側も承認してくれたのだと思う。

そうこうしているうちに大学の入学式。
その日のうちにサークルを選び、入会。
気のおけない先輩方に色々授業の様子を聞く。
一般教養科目の選択では、
内容ではなく「出欠を取らない先生」というのが必須条件で、
自動的に9単位(たしか)のコマが決定。
どれも大教室の授業である(^_^;)。

決定した時間割をみてみると
月曜日と水曜日の午前中はどうしてもはずせない授業。
午後にも数コマ必修科目が入っていたが、
これは、バレエ団のスケジュールによっては、再履修覚悟。
そしてバレエ団が休みの土曜日は、
1限から4限まで、選択科目の授業がびっちり。

一方バレエ団のスケジュールは、
9:00~    スタジオの掃除(これは新人の仕事)
10:00~11:30 通常のレッスン
11:30~15:00 ソリスト&男性クラスのレッスン
        =新人は昼休み
15:00~18:00 公演のリハーサル
(注:現在はこのタイムテーブルではないようなのでご注意を)

ということで、
午前中:月水はレッスンを休んで大学の授業へ。
    火木金はバレエ団のレッスンへ。
 午後:大学へ飛んでいき、14:00まで授業に参加。
    途中でこっそり抜け出してバレエ団へ舞い戻る。
15:00:リハーサルに参加。
  夜:月水は朝のレッスンのかわりに
    バレエ学校のレッスンに参加。
    火木金は帰宅。
    または大学に戻り、サークル活動へ参加。
という、
それはそれはハードな毎日が始まった・・・。

案の定、語学の授業は特に出欠も厳しく、
1年生ではいくつか必修科目の単位を落とし、
結局3年生まで1年生に混じって受講していた科目もあった。
2年間は同じような生活を送り、
パワーバランスは大学:バレエ団=3:7という感じ。

3・4年になると必修科目は少なくなった分
大学の拘束時間は減り、大学:バレエ団=1:9くらいに。
幸い私が選択した3年から始まるゼミは「英語学」という
英米文学科の中では超マイナーな分野だったため、
指導教官ともアットホームな関係で、
私の活動状況をよく理解して頂き、便宜を図ってくださった。

バレエ団では3年目に入ると、
ほとんど全ての公演に出演するようになってきた。
その分リハーサルもハードになり、舞台数も増加。
大学3年の時は3週間のヨーロッパ公演。
これは夏休み中だったため、問題なかったが、
秋の1ヶ月のロシア公演は、当然のことながら全授業を欠席。
出発前に全ての先生に事情を話し、
レポートで代替してもらえないかと直談判。
OKをもらえたのは半々だったが、OKをもらえなかったものも
帰国後、自分で勝手にレポートを作製して
先生に押し付けたり・・・。
やる気だけは、必死にアピール。

大学4年の時は、
春に1ヶ月地方公演&秋に3ヶ月ヨーロッパ公演。
もはや大学は数単位と卒論を残すのみとなっていたので、
授業に関してはほぼクリアだったが、問題は卒論。
追い込み時期の秋に3ヶ月間手をつけないわけにはいかず、
スーツケースの中に文献をごっそり積み込み、
オペラ座の楽屋でノートに向かう。
(海外公演中は、午前中は買い出しや観光、
昼過ぎ楽屋入り、夕方~夜公演、
終演後ホテルに帰り、洗濯だけしてすぐ就寝・・・
という生活になるため、
落ち着いて勉強できる時間はほとんどない!!!)

そんなこんなで、卒論も何とか完成し、
全単位終了。無事卒業という運びとなる。

大学卒業後は、
①バレエ団一本の生活
②両親&指導教官が薦める「大学院+バレエ団」の生活
③全てを白紙にして社会に出る
といういくつかの選択肢で悩むことになるわけだが、
この辺のくだりは、3/23の記事を参照に・・・m(__)m。

*************************

こんな感じで多忙な青春時代を過ごしてきたわけだが、
今思うと、我ながら良くやっていたなあ・・・と。
その原動力は何だったのかと考えてみるに、
“「忙しい自分」というのが好きだった”
という一言に尽きる気がする。

もともと高校時代に、
週4~5日レッスンに通うスケジュールの中、
「勉強の気分転換をバレエで・バレエの気分転換を勉強で」
という生活習慣が身についていた。

それがただ単に「大学・バレエ団」の関係に変わっただけで、
社会に出たら「仕事・プライベート(遊び)」の関係になり、
結婚&出産後は「仕事・家庭」になり、
現在は「仕事・勉強・家庭」になっている。
結局“「忙しい自分」というのが好き”ということは
十代の頃から変わることなく、現在に至っているわけで、
貧乏性というか何と言うか。

最近思うのは、こんな多忙な生活を送っていて
母としていいのかどうか、ということ。
子供には、ゆったりとした時が家庭に流れていることが、
大事なのではないか、ということ。
でもこれに対する正しい答えがYESであってもNOであっても
私は様々なワラジを履きながら、忙しい生活を送ることを、
やめることは、出来ないのだろうな・・・と思う。
それが今となっては“生き方のクセ”のように
なってしまっているのだから。

たまに娘がふと、「ママ、カッコイイね(^o^)丿」
と言ってくれることがある。
洋服の事を言っているのか、お化粧の事を言っているのか、
ただ単に口からついて出てきた言葉というだけなのか、
その真意はよくわからない。
所詮4歳の子供の言葉なので、
たいした意味はないと思いつつ、
やはり娘にそう言われると少し嬉しい。

ということで、だんだん本筋からそれて、
落ちが付けられなくなったこの話、
親バカ・・・というか、娘バカ(?)ということで、
締めさせて頂きます。スミマセンm(__)m
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